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民法改正、単独親権制度を終わらせよう

 上川陽子法務大臣は15日、2月の法制審総会で親の離婚後の養育のあり方について諮問することを明らかにした。「親子法制の諸課題について、離婚後単独親権制度の見直しも含めて、広く検討していきたいと考えています」と彼女が述べたのは2018年の7月17日のことで、法務省は商事法務研究会に外注して論点整理のために、法律家たちに家族法制の諸課題について検討させてきた。今回のコメントも3年前とさして変わらない。
当時は、EU各国が大臣に申し入れたた後で、外圧を受けてのものだった。今回も、3月に法務省主催で開催される国際会議「京都コングレス 国連犯罪防止刑事司法会議」が控えているため、実子誘拐問題を突っ込まれないための「ガス抜き」という指摘もなされている。手放しでは全然喜べない。
 通常、法制審議会の答申がなされれば、それを受けて民法改正がなされるため、この審議会の議論に影響を与えられるための論争と世論を作り出せるかが、共同親権運動の課題だ。

国と何気に喧嘩してます

 共同親権集団訴訟を提訴したのは2019年11月22日。訴訟を提起することで、メディアが「単独親権制度が問題」「共同親権に転換」の声を取り上げる機会が増えた。
この間6件の親権関連の国賠訴訟が提起され、合計64人(テーマごとに、面会交流12、17、単独親権1、12、6、連れ去り14)が、原告として国の立法不作為に対する償いを求め、司法を舞台に国と争っている。私たちのみならず、勇気をもって名乗りを上げた原告たちにあらためて賛辞を贈りたい。
特に、親子関係の固有性をもとに「子育は権利!」と単独親権制度の違憲性を問う私たちの訴訟は、現行の単独親権システムの本丸を攻めるものだ。その問題意識を共有してくれた多くの方の支援と賛同を得ることができた。国は「婚姻制度の意義」という言葉で裁判の中で単独親権制度の合理性について反論してきた。私たちは、国との論争の中で議論を深め、単独親権制度が温存させてきた性役割と、現行の家族のあり方について問題提起し、世論に訴えかけて対抗することにした。
多くの方と担ってきたこの訴訟に手ごたえを感じている。次回弁論日は3月18日を「共同親権の乱」にした。というわけでみんな来てね。

国の議論の推移

ところで、商事法務研究会の第一回会合が開催されたのが、2019年11月15日。私たちの訴訟提起と同じ時期だ。共同親権について話題になったとはいっても、法務省の議論の中心は養育費の履行確保であり続けた。
親権概念を切り刻んだ商事法務研究会の議論もまた、現在の制度をもとに、修正をどこまでできるか、という議論の組み立てとなっている。委員も法務省のアジェンダに対して大きく異論を唱えるものでなかったように思える。当事者団体からもヒアリングがなされているが、国と争っている私たちは呼ばれず、呼ばれた団体は何をターゲットにしているのか、残念なことに要求はあいまいだった(だから呼ばれたとも言える)。
 共同親権訴訟の国側の答弁書を見てもわかるように、彼らが守りたいのは、「婚姻制度の意義」という世帯主義(戸籍)と法律婚優先主義の家族の形であることがわかる。また、子どもに会えなくても養育費を払えるという、あからさまな性役割に根差した余計な主張に、国の本音が見て取れる。一方で、国側も共同親権ができることならのぞましいと考えていることが、答弁書を読むと見て取れ、婚姻内外で、共同/単独を分けること自体の矛盾を次回の弁論で私たちは問う。
 現在の国の側での家族法についての議論の推移も、概ねこれをなぞっている。「離婚後の養育のあり方」の議論というのは、離婚で子どもと引き離された人にとっては耳障りがいい。だけど実際には、どちらかの一方に子どもを見させるという単独親権制度があるため、婚姻中にも連れ去りが起こり、それが規制できない。単独親権制度のもとでの連れ去り規制は矛盾する。
「共同親権の導入」という言葉は2018年にも同じ大臣の口から出たものだ。現行制度にいくら微修正を加えても、単独親権制度というゆがんだ基礎を温存させるだけだ。基礎がゆがんでいるので建物はまともに立たない。連れ去りも虚偽DVも今と同じように起き続ける。
それに、離婚と自分は関係ないと思っている人にとって、引き離された親の苦境は「他人事」。同情はするかもしれないけど、優先すべき政治課題とは感じられないだろう。今までの国の改革アピールが、すべて「外圧」を念頭に置いたものであったことが、それを物語っている。別居親当事者の人数を増やしてもこの構図は変わらない。

単独親権制度の廃止・撤廃を今こそ

 私たちは単独親権制度は憲法と矛盾すると主張している。人権に反する制度をこれから先残し続けることはできない。共同養育支援議連が利害の調整をして、何年かけても現状を肯定する立法案しか出さないのは、この問題を彼らが政策論的にしか語っていないからだ。「有力者の意見に従うことが政治」と、別居親たちも多くがそれに異論を唱える力がなかった。丸め込まれてきた。
 しかし、単独親権制度の廃止を口にすることで、私たちは、性役割や硬直した家族制度、男女平等が進まない職場や賃金格差といった、私たちの家族や社会が今抱える多くの矛盾の所在を語ることができるようになった。そしてそれこそが、私たちが離婚という相手の価値観との衝突によって生じた現象と、その後の単独養育という問題を引き起こしている。それに気づくことで、別居親に限らず、多くの人と出会い悩みを聞くことができ、自分たちの問題との共通点に気づくことができた。
「子どもに会えないなんてひどい」ことだけど、「それはあなたたちの問題でしょう」と言い返されたとき、私たちは「いえそれは私たちみんなの問題だ」と跳ね返せるツールをこれまで持っていただろうか。今、その声を大きくしなければ、何年たってもこれまでの10年間が費やしたように、単独親権制度を前提にした議論を私たちは今後も繰り返しかねない。論争の担い手は、その構造に気づいた私たちだ。法や政治を牛耳る権力者たちではない。単独親権制度を終わらせよう。

(2021年1月20日 宗像 充)